,。・:*:・。,☆゚'やさしいきもち&ワクワク&ときめき大好き,。・:*:・。,☆゚'
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もうすぐ。。。
 ブログ、しばらくUPしていませんでしたネ☆
夏は、今年はお友達とプールではなく川に行って、子供を遊ばせたりして楽しみました
日焼けは気になるけれど、川遊び、なかなか面白いです☆
自然は素敵

ブログをお留守にしている間にあったいろいろの中でも、メインは、やっぱり新しい家のこと

子供の夏休みはじめに上棟式をすませ、新しいお家は、着々とできています…
先日はキッチンが入り、もううっとり。。。
あーん、早く住みたーい!!!


夏休みは読書三昧でした♪
学生時代だったか20代初めだったかに大好きだった王由由さんの本がまた気になって
もう手元にはなかったので図書館で借りました。
やさしい気持ちになれる、すてきなエッセイ。
子供を生む前、子育てに対して思っていたこと…、
こうしたいって思っていたことを思い出して、また初心にかえりましたよ

そのせいなのか、なぜかローズクオーツが気になって仕方なくなり、
今の私に必要な石なんだわ
と感じて、持っていたシャンカリのローズクオーツを身に着けてみました。
ほんとに気持ちが安定してきて、おだやかでやさしい気持ちを維持できているみたい。
「やっぱり、呼ばれていたのネ!」
というわけで、このごろは毎日ローズクオーツを身につけています♪

ただ、シャンカリのアクセサリーは大ぶりで、着る服を選ぶので、もうちょっと普段使いにできる、ローズクオーツをつかったさりげないアクセサリーがあったらいいのにと思っていました。
毎日ローズクオーツを身に着けるつもりなら、やっぱり探さなくちゃ!と、先日ネットサーフィンしてみると、なんと、一目ぼれしてしまうネックレスとの出逢いがありました〜
目にした瞬間、心臓がドキッ!!としちゃったの☆
ピンクゴールド!リボン!透明度の高いキラキラローズクオーツにダイヤまでついてる〜!
私の好きなものばっかり…
しかもリボンというと子供っぽいものもありますが、このネックレスのリボンのデザインは大人っぽくてなかなかです♪

これはきっと、必然よね!
という妙な確信で久々にジュエリーをお買い物。。
本当は、エンジェルが陰で支えているのも感じたし…、感謝
ピンクゴールドのリボンにダイヤがちりばめられていて、その下にローズクオーツのブリオがゆらゆらしているの♪
パソコンの前で、思わず「かわいい〜!」
胸がドキドキしちゃいましたヨ(笑)
こんなときめき、何年ぶり(笑)??
物との出会いでときめくことって、子供のころはたくさんあったけれど、大人になるとあのころのような純粋なときめきを味わう機会はなかなかなくて…(あっても、子供のころのようなテンションまで上昇することはあまりないので)
だから、こんな気持ちになれることも嬉しくて

1点ものオーションだったのですが、これは絶対大丈夫♪という根拠のない自信に支えられ(笑)、見事私の元へきてくれましたヨ♪誰も入札していなかったのでお値段の面でもラッキーでした♪うふふ

このネックレスのデザインに調和するようなピンクゴールド&ローズクオーツ(さらにパールがついててもかわいい)のピアスがほしいな〜

01:54 日々のこと comments(5)
フラワーエッセンスとオラクルカード♪
 その時々でお世話になっているヒーリンググッズがあります

エッセンシャルオイル、鉱石(…パワーストーンっていったらわかりやすいですね)、はもともと好き♪
オイルは今は毎日のソルトバスに♪天然石たちは、アクセサリーでそのときのフィーリングで選んでいるので、いつもお世話になってます☆

このごろはフラワーエッセンス&オラクルカードが

先月から急にまたフラワーエッセンスを使いたい気持ちになって、ネットで気になるものを購入。
(今どきはいろいろ種類があって、選ぶのに迷っちゃう!)

今回はまずフィンドフォーンのEROSを2週間お試し♪
お肌がきれいになるとか、女性らしさに磨きがかかるというのでつい購入したのですが、
たしかに手ごたえが…うふっ

何より変わったのは、2週間後の自分の心のありようで、いままでボディケアってあまりしない(興味がない)ほうだったのが、バスタイムのあとにボディミルクをぬって、その香りで幸福感に浸ったり、ルンルンしている自分が居ること
家には旦那さんからもらったいろんな種類のボディミルクがあって、ほとんど使っていなかったのが、やっと日の目を見ましたヨ(笑)
自分からピオニーのボディミルクまで購入しちゃった
バスタイムが楽しくなって、至福のひととき…うっとり

気持ちにゆとりがでたみたい
私の場合は、このエッセンスからは自分を愛するという感覚を思い出させてくれたみたいです♪


そして今はアラスカのノーザンライト(オーロラ)。
ほんとは最初、ふとしたことから「グラガ」というネーミングの引力にグイグイ引っ張られて、とあるショッピングサイトにたどり着いて、購入しようかと思ったのですが、レビューをみるとなかなか覚悟がいりそうで(笑)。過去の大変化やら傷を思い出すと、またあんなことになったらと勇気がいるわ〜
どんな大変化が訪れるか楽しみでもありますが…
いま人生の中でも割と大きな変化の中にあると思うので(新築建設中)、「これ以上の変化って??」という気持ちもあります。
とはいえ、この忙しい時期にいろんな大変化がやってきたら、体力的にもついていけないかも〜

…と迷っているとオーロラちゃんに出逢いました。
「オーロラ」のやわらかい、包み込むような拡大するような波動(この辺がオーロラ?)にも惹かれたし、テーマも「深い浄化と変容」!今年のテーマ!(幽竹さん好きなんです
しなやかに変化ができそうな予感がして今回はこっちです☆

秋に引越し予定なので、今から少しずついるもの、いらないものの整理をしたいなとおもいつつ、
これといって進んでません…
このエッセンスで、大掃除が進むといいな♪←他力本願的(笑)

という気持ちもあったのに、掃除したくなる、というよりもこのエッセンスのせいか、のどからハートのあたりがむずむず&もやもや…
オラクルカードでは本音を意識するようにというメッセージを何度かうけとりました。

のどは確かにウイークポイント。思春期のときはよく風邪で声をからしていました。
結婚して数年、声がかれなくなって、のどが丈夫になった!と思ったのに、二人目の子供を生んでからまた声がれするように。のどが弱くなったのは、本音を避けているってこと??
たしかに。わたしは子どもに親としてというよりも、もっとひとりの人間として向き合いたいと思ってる。でもなかなか今はそれができないで親として接して、自分をごまかしてるな〜って感じているときがある。それが「本音で生きていない」ってことかしら。だからのどにくるのかしら。無理に「親」になる必要はないってことかしら。このときの「親」って、自分が想像している「理想の親像」なんだろうし…。
親子というより人間としてともに生きようってことなんだなあ。私の望みはそういうこと。きっと。
わたしはそちらのほうが心地いいのね。
ということを、今書きながら気づいて、自分の中に落とし込もうと、味わおうとしている。
人間としてまっとうに生きたい。
自分をだしたーい!思いっきり叫びたーい!
っていうのは、自分のエネルギーを感じたいから。

本当の自分でいられるときとそうでないときがあるのはなぜ?
そう感じるのは、「役割」を演じる自分がいるということなのかも。
「役割」の間違った使い方は、自分を型にはめること。「こんなときはこうしなくちゃいけない。」っていうふうに。
それがわたしの本音じゃないから、のどにくるのかもね。

親でなく人として子供に向き合うほうが大事。
今はそんな気がする。

以上、ひとりごとでした☆



オラクルカードはiPhoneのアプリで発売されたので、つい…(笑)
ためしにひとつ購入したら、これがなかなか手軽でよいのです♪(上記で使ったのもアプリのもの)
3つ買っても(期間限定セールで)カード現品1つ分の金額にもならないので、結局3つそろえちゃった〜

カードを通じて天使や妖精と対話するのが面白くて、ついつい何でもきいちゃう(笑)

面白かったのは、今回初めてカードがわたし個人のために語りかけてきたというふしぎな感覚を覚えた瞬間があったこと。
文字を追っているというより、直接天使の声がテレパシーで入ってくる感覚。
「…わたしに直接話しかけてくれてる…!」
それが「カード」からのメッセージであるとまったく感じられず、あくまでもわたし個人への語りかけで…。きっとそのときシンクロしていたのだと思います。気がつくと涙がでていました。びっくり。リアルでした〜☆
いままではカードからのメッセージという意識(認識?)がいつもあったのですが、こんな感触初めて〜
本物のカードでもアプリでも効果は同じですね♪
むしろどれだけコンタクトをとるかとか、身近に感じるかということなのね☆
アプリはいつでも持ち歩けて便利ですわん♪













10:08 ヒーリング comments(0)
風邪、流行ってます??
 ふと気がつけば4月も終わりそうです。

実は3月の下旬から風邪をひいていて(子供からもらったの)、4月に入ってすぐに熱を出してしまいました。
もともと熱は出ないほうなのですが、今回は人生初!熱が10日ぐらい続きました。
ホメオパシーのレメディをとりつつだったためなのかどうかわからないのですが、38.5℃以上は出なくて。

普段熱のでない私は熱が出ただけで珍しいのですが、こんなに続くなんて、ちょっと面白い経験でした。おしまいは微熱が続いて、このままこれがわたしの平熱になるのかしら?なんて思ってしまったほど。
単なる風邪なのか、デトックスなのか、わからなくなってきちゃいました(笑)

デトックスかしら?
と思い始めると、根が向上志向なのか、じゃあ、心理的なデトックスも一緒に☆と面白いイベントとして捉えてしまい…(こんな心理だったなんて、心配している旦那さんにはいえないけれど(笑))デトックスを意識的に利用することにしたりして、自分の中の余計な感情や思い込みなんかも一緒に一掃しちゃおう!なんて考えていました。
少し効果があったような…(*´▽`*)

体はたしかにしんどくて、お休みが欲しい〜!と、訴えていましたけれど☆


やっと調子がもどってきた♪と思っていたら、
おとといは娘が早朝?夜中に?(時計みてなくて…)突然発熱。39度超えてました〜
とりあえずレメディをあたえてみたところ、朝には37度台に。
病院にいこうと思っていたけれど、ご機嫌はすこぶる良く、このままなら大丈夫かな?とちょっとほっとして、レメディを与えつつ様子を見ることにしたら、
夕方にはまた39度台に!ひえー
やっぱり病院へ行けばよかったのかしら…(もう今日は診察終わってるわ…)
まあ、なにかあったら旦那さんが口をだしてくるだろうから☆
と、内心医師の旦那さんをあてにして(笑)、
今の状態で私ができること→レメディの内容を変えてみることに。
長男くんは熱にはジェルニュームがよく効くのだけれど、この子はまだどれが効くのか、いまひとつわからないのです。
たしか前回はベラドナが効いたような…この子はベラドナなのかもしれない。
と思ってアコナイトとベラドナをあげていたのだけれど、今度はアーセニカムを与えて様子をみました。
夜には一度吐いちゃって。(胃にほとんど何もなかったのですが)
これはアーセニカムのはたらきかけ?(悪いものを出している)
一応またアコナイト&ファーランフォス(←これは風邪の熱の基本と思っているので)。
抱っこしても体が熱い。。。
ずっとご機嫌はよかったのだけれど、このときばかりはちょっとしんどかったみたいで、泣いちゃった。
うーん、明日は病院にいこうね。

そして翌朝。

あれ?熱が…36.5度に!
まあ〜効いたのね!
あの高熱はレメディによって、自然治癒力が最高に高まっていた状態ということだったのかも…

というわけで病院にいかず、終わってしまいました…♪

わたしの熱も、この子みたく高熱が出ていたら、2,3日でよくなったのかもしれない〜☆
(あまり高くない熱が延々と続いていたから…)
自分の熱のレメディの選択はヒットしなかったのかも…
子供は効果がわかりやすい気がします♪

それに、子供の熱って実は成長過程で必要なことのような気がします、
熱を出したあとの子供は、精神的な成長が見られるとおもうから。
ココロで消化したものを、今度はカラダが消化する、それが子供の発熱のしくみ?(すべての発熱がそうではないけれど)
なんてね。



11:53 - comments(0)
諭吉さんとキリストさん
この今生きている世界(物質世界)では、高いひとが偉く、人を従わせるという感じだけれど
霊的世界では、高い存在ほどしもべである…ということが、ふと理解できました。
キリストや天使たちのスタンスがわかりやすい例かもしれませんね。

人間を、皆平等にみつめたら…福沢諭吉の「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」がまさにそうなのですけれど、偉い人なんていないんです。そもそもみんながそれぞれオリジナルなものを持っているから、比べられないというか…。

何かの本で、家庭では父親を一番偉い人として立てると(子供にお父さんが一番偉いというふうに伝わると)うまくいく、ということを知って、やってみたのですが、どうもしっくりこない…。

でも、主人のことは尊敬しているから自然と大事にするので、お父さんは尊敬すべき人、というのは子供心にも感じているのだと思います。
そこで今日思ったのは、
家庭で一番「偉い人」じゃなくて、家庭で一番「頼れる人、頼もしい人」、というほうがしっくりきます。

日本では、かつて父親というものを、大黒柱になぞらえてきたけれど、わたしの考える大黒柱としての父って、奉らねばならない「威厳」にも似た「偉さ」じゃなくて、安心感や、頼もしさという、愛すべき存在としての価値がまずあるということなのです。その頼もしさが子供には時にかっこいいとか、えらい、すごいなんていう見え方をするのかもしれないけれども、子供にとっての「かっこいい」は尊敬があることと同義な気がします。根底には尊敬や愛、信頼があると。
愛や尊敬、信頼から切り離されてしまうと、ただただ「自分が一番偉いんだ、だから命令に従え」というはきちがえた意味に変わってしまうのではないでしょうか。
(このようなつたない表現でちゃんとつたわるかしら?)

家庭でも皆平等という目で個々をみつめると、自然と子供にも大人に対するそれと同じ尊敬の気持ちで接することができます。
そうすれば、まなざしがかわり、態度がかわります。
子供がなにかしたときに、頭から決め付けたり、むやみに苛苛したりせずに、子供の心に寄り添い、力になろうとする余裕が生まれます。
存在としては、家庭の中では子供より「高い」(←一般論としての言い方でね)ところにいる親なのですが、だからこそ、親が、子供のしもべとして(奴隷ではなくてね)生きるという気持ちでいるくらいが、バランスがとれるのではないかしらと改めて思います。
そのお手本が、たとえばキリストなんだろうなって思います。
彼はその場で一番高い存在であろうはずなのに、自ら一番低いところにいて、それをよしとしているというのが…親として、見習いたいな〜と今私が思っていることです☆(別にクリスチャンじゃないのですが…なぜかキリストは私にとって子供のころから惹かれてしまう、特別な存在なんです)


今日はAPのプチ講座があったので、こんなことをつらつら書いてみたくなりました☆

01:46 子育て comments(0)
シェアって大事〜♪

今日は人にあてて書いてたら、だいぶ長くなりそうだったので、それはいけないと思い(笑)、でも書き足りなくて、ここでなら思い切りかける〜☆と、メモです。(アレンジしてありますが)
わたしこういうこと考え出すと書きたくなるんです(笑)。考えると頭が整理されるからだと思うのですけれども。

息子は反抗期のようで、気に入らないことがあると物や人にやつあたりします。
この時期、どう接したらいいのかしらと思っていたところへ、今行っている子供のお教室のなかで、月1回プチAPお勉強会が開かれることになって、いいタイミングです♪

自分ひとりでああしよう、こうしようと試行錯誤を繰り返すのも悪くないのですが、みんなでシェアしあうとモチベーションがあがりますね


悩みをもつとシリアスになりがちですが、シェアの延長で、主人に普段はしない子育ての愚痴をこぼしたら、気分が楽になって、開放されたみたいです。時々は大事ね〜☆主人のおおらかさに救われた思いでした、ありがとう
そして、だれかとシェアすると、自分が問題と思っていたことはたいした問題じゃないとわかる…というか、「問題」は子供の行動ではなくて私の了見の狭さ、料簡の狭さ、不寛容さだなとハートで理解する、という気づきも得られました。
主人の子供のころのイタズラ話を笑いながら聞いていたのに、いざ自分の子が同じようなイタズラ(しかも主人より軽い)をするとガッカリ…なんて、おかしいな〜と我に返ったのでした。
自分の子供のすることを客観的に見る視点を得たと思いました。
そうするとゆったりとした気持ちで子供を見守る心になりました。
よい意味で「面白おかしく」子供を見ていよう、次はどんな面白いことをしてくれるのかしらと楽しみながら観察してみましょうと。
子供はファンタスティックな存在!
と理解すれば、子供を変えようと思わなくなります
だってそういう存在なのだから、と子供の存在そのものを受容できるのでした。

逆説的ですが、親は「何か」(たとえば理想の親像など)になろうとするとすることに集中するのではなく、むしろそれをやめて(型にはまった親になることをあきらめて)、子供を受容することに集中することにのみ集中していれば、それで立派に親としての役目を果たしていることになるのではないかとさえ思います。

しつけもよいけれど、これから新しい時代を築く子供は、新しい考えを持った子供でもあります。
そんなこどもに、旧い考え、旧いしつけは本当に必要なのか(押し付けではないのか)?それが子供の天然自然を伸ばしてくれる栄養として作用するのか?

「教える」のではなく「伝える」という言葉のほうが、今の私にはしっくり来ます。

本当に伝えてゆくことは想像以上にシンプルなのだと思います。
(個人的には「小笠原流礼法」のようなものが内容、量ともに十分ではないかと。)

こんな考えを持つ親が増えると、親御さんも「子供のしつけをきちんとしなくては」と世間のプレッシャーに負けて子供を叱るようなことが減るかもしれません。
私が子供を叱るようになったのは、「この子が将来世間に受け入れられるように今から教えておかなければ」というプレッシャーを感じるようになってからだと思いますから。
そんな不必要な(と私は思う)「心配」がなくなれば、たぶん叱る必要はほとんど感じなくなるでしょう。

考えてみると子供の立場からみた「幸せ」って、その子個人の、プライベートなものだから。
こうしたら幸せじゃないかしら、と与えようとしたときの「幸せ」は、客観的に見た「幸せ」であって(表面的なものであって)、必ずしもその子の感じる(あるいは欲している)幸せと同じとは限らない。
「受け入れられる」ことだって、考えようによっては幸せとは限らないと思います。
世間や親に合わせてわが身をすり減らしてでも受け入れられることがほんとうの「幸せ」とは思えないからです。

たとえば「失敗」に関して。
多くの親は失敗しないように先回りしようとする傾向があると思うのですが。
「あなたのため」と良かれと思って失敗する前に叱ったり、失敗したことを叱ることから、こどもは何を学ぶのでしょう?どんな感情が一番記憶に残るのでしょう?失敗したことそのものより、親から叱られた悲しみのほうが強く心に残ると思います。
好きなように挑戦させて失敗したなら、まずは自分の好きなようにできたことに喜びがあります。失敗したときに親から共感してもらえれば、子供は失敗を恐れず挑戦する喜びを得られます。子どもは安心できる環境で失敗から学べるし、親に共感してもらえたという喜び、安心感も得られます。
ほんとうの勇気とは「なにがあっても自分は大丈夫!」と子供が自分で思えることだそうで、こんなふうにかかわると自己肯定感が強化される=勇気づけになる、というAPにはなるほど!と思いました。
うん。わたしが子供だったら、後者のほうが断然幸せが感じられるもんね



思えば天が、宇宙がしてくれていることってまさにそう
あ、私、失敗させてもらってたんだ〜と、今頃改めて気づく私です。
おかげさまでいろいろと失敗させてもらって、学ばせてもらってます(笑)。
子育てって、宇宙のしくみや神を学べますね

のんびり子育て、大事ですわん☆











08:48 子育て comments(0)
iPhone になったあ☆
 とうとう…
わたしもデビューよ

旦那さんがiPhone発売当初から使っていて、そろそろ新しい3GSが気になっていたんだって。
今回、○○さんのひとことがきっかけで夫婦でおそろい3GSに
ちょうど1月末までキャンペーンだったのね
ラッキーでした☆

旦那さんの使っているのをみてたら操作性がよさそうだし、いろんなことできるし☆
わたしもつかいた〜い
というわけで便乗しちゃったよ☆

とっつきやすいかと思ったら…
想像していたよりわかってません(笑)!

メールの設定にこんなにかかるなんて〜!

携帯電話というより、やはりこれは携帯パソコン

新しいモノなんだな〜って実感です

そういうことわかっていないで変更した私って…うふ



どうしてメールアドレスがふたつあるの?
どうやって使い分けるの?
いままでの携帯とおなじのって、softbank.ne.jpのほうのアドレス??
i.softbank.jpはどういうとき使うの?

うーん?

とまあ、こんな基本的なことがわかってません(苦笑)


触ってるうちにわかるかな〜

13:55 日々のこと comments(0)
かんじよく!
 感じのよい人になったら世の中明るくなる!

って思うの。

だって気分がよくなる人がふえるもの。


自分もやってみようかなって思う人も増えたら

さらに明るい気持ちの人がふえるし。


だから「かんじのよい」人になろうってきめたの

(なぜか漢字ではなくてひらがななのがしっくりくる♪)


いつもかんじよく!を自分の心の応援言葉に(笑)

そうやって「かんじよく!」を心がけたら人に対するきもちや向き合い方も変わるでしょ


まずは家族が気づくでしょう

たのしいこと、機嫌のよいとき、しあわせなとき、人に感じよく映るのはあたりまえ。

でも
なにかお願い事や注意など、ネガティブに伝えがちなことを伝えなければならないときこそ、かんじよく!

子供にまずそれを…かんじよいお母さんを味わって欲しいわ(笑)

主人にはもっと家での楽しい時間が増えるようになにかプラスアルファをいつもするように





わたしの考える「かんじよく」って、人に感じよく映るのはもちろんだけれど、自分にも無理がないという意味での感じよくも含まれているんです。我慢したり、ゆがめたりというのではなく、自分にとっても心地よい表現方法であること。そいう考えの流れに自分を持っていくことが大事☆
だから「かんじよく」って自分をコントロールすること♪
自分の芯を強化すること、ともいえるでしょうネ

わたし、表面的な表現とか、おべっかとか苦手だからそうするしかできないというのはあるけれど(笑)
損しているって思ったこともあったけれど、本当は得かも♪こんなときやりやすいもん
心がついてこないと、思いやりが根底にないと本当に「かんじよく」できないからね

こういうこと思いついているときって楽しくて生き生きした気持ちになる〜

「生きている実感」=幸せを感じているからなのだと思うのよ





12:50 日々のこと comments(0)
やわらかく のびやかに





あえてよかった〜

って思ってもらえるひと

そういう時間を いつも創っていて、同時にそのまま供給しているひと


いうなれば

おてんきのよい

日向ぼっこの 木漏れび 

あるいは

あつい日の涼しい木陰のような

寒い日の暖炉のような


そんな人になるんです

昨日にひきつづき
わたしの夢 その2でした


そんなふうにいられたら
この地球に ひとりでも幸せな人がふえるし、
この地球での 幸せな時間もふえるじゃない?

小さなことだけれど、
それがひろがれば おおきな幸せになるって いつも思うのです。

ひとりだけが幸せじゃつまらない

本当の幸せは、みんなが幸せな気持ちを共有していることなのでは


…と、以前のわたしはここまででした。




…幸せって何?



おだやかでやさしい気持ちであることはもちろん幸せ。

でも、それだけじゃない
今は、そんなふうに思っていて、

喜び、悲しみ、怒り、楽しさ、愛…
いろんな感情どれも満遍なく十分に感じられる、燃焼できる、ポジティブなパワーに変換できる、
そんなタフさ、
生き生きと生きる、生命力、自分を発揮して生きる喜び、
そんなみずみずしさや自分のパワー、すべてとのつながりを感じながら生命をほとばしらせていることもまた、幸せなのではないかと思っています。

幸せにはいろんなバリエーションがある。
どれのバリエーションが好きか、各自の好みの問題かもしれません☆

だから、考え方によってはすべてが幸せとつながっているともいえるのだと思います。
幸せを感じていないときは自分の好みの幸せ波動ではない(好みの幸せ波動からの距離が長い)ってことで、幸せと切り離されているわけではない、とわたしは思います。
私は幸せを感じられないときはこの状態はいつまでも続かないって必ず意識的に自分にいいきかせるし、余裕があれば自分をケアするようにしています。気分転換にもなるし。そうするとちょっと楽になるし、被害者意識に陥らないようになるし浮上が早いと思います☆

人間は、どんな環境であっても希望を捨てない、
心次第でちいさな幸せでも見つけようとするところが素晴らしいと思います。
古今の物語にも、人間のそんなポジティブなところがたくさんちりばめられています。
それは、人間はそういうものである、ということを魂ではみんなが既に知っているからなのだと思います。
だから人は、、物語が好き。
この世に物語がなくなることはありません。

その先に光があることを知っているから、光はなくなることはないって知っているから、
光と自分の力を信じて山を乗り越えることが人間である醍醐味のひとつなのかもしれません。

そのような山越えの時代は、次の次元へのステップなのでしょうが、
ともかく今目に見えている現象は、大きな「山越え」なのだと思います。

それを乗り越えたら、私たちはもっとタフになれる

そうしたら、こんどは誰か(ほかの星)を助けることができる
(この山を乗り越えることそのものが、ほかの星や宇宙への貢献、助けになっているのですけれども)

そうやってみんなと愛でつながっていく…宇宙を豊かで大きなものにしていくのではないかしら。

人間として、魂として、地球&宇宙の一部として、生きとしものたちを助ける存在にステップアップする

それが私の宇宙的&魂的な夢であり、喜びです

勝ち負けにこだわる人もいるけれど本当の勝利はみんなが勝つことです。だからみんなを勝たせるために力を注ぐのがほんとうの力の使い方なのだと思います。
今は言葉だけでなく実践する時代。
思うことの波動(思念)はもちろんだけれど、行動の波動はパワフルに地球にも宇宙にも共鳴します。
だからわたしは人のために尽くすことを目標(夢)とする、ということが浮かんだのだとおもいます♪

同じ食事をつくるのも心を入れると味がおいしくなります。魂やカラダが喜ぶ味になります♪


みんなと自由にコンタクトできる時代がくるといいですね



…ここまでかいていると

愛のバイブレーションをひろげましょう

って、叫びたくなるのはなぜなんでしょう(笑)




11:11 日々のこと comments(0)
夢。

自分のかなえたい夢がかなったら、次は他人の夢、地球規模の夢をかなえましょう…

原田真裕美さんの本を久しぶりに開いて(持っていたけれど、ずーっとそのままだったの☆)
夢についての記述に、いちいち強く心が揺さぶられて(魂が震えてる!?)涙がうるうるって…

きっと、わたしはこうなんだ☆
次の夢は、これなんだ
って思ったのでした

自分の夢って、私欲を満たすためだけの夢じゃない、
わたしの本当の夢って何だろう…??
って、ずっとずっと、何年も考えていたの。

わかっていたときもあったの。
でも、夢が大きすぎてほんとうにこれでいいのかな?これが人生の目的なのかな?
それをかなえるほどの力量が自分にあるのかな?
って自信がもてなかったんだなって、今は思います。

そこで今日の原田さんのおことば。
夢は自分の代でかなえる夢だけじゃない、
夢は未来につなぐもの、継続することをあきらめなければ、夢は未来に引き継がれ、大きく花開いてゆくということが、わかりました。

わたしの個人的な(←私欲を満たすという意味合い)夢はすでに叶った、私は満たされたのだということは、実は既に心の深いところでは気づいていた。

だから今度は、どんな未来を創造してゆくかということにフォーカス


そう、人の夢、「わたしの子供たちの夢を叶えるために心を尽くす」ということが、
これからの新しいテーマだわって、魂からメッセージがきてる
まだ小さいから夢の内容は変わるかもしれない、
だから子供にとっての「本当の夢」にたどり着くための土壌を作ることが、親としての役目のひとつめ。
そのためにこどもをのびのびと育てることが大事、って今は考えています。
なるべくお互いストレスフリーに(笑)
まずは子供の限界を作らず、なんでもやればできるということを実感できるようにしたいな。
余計な心配したりしないで、必要以上の規制を与えず。
子育ってって自分の人生が反映されちゃう。
あいまいな人生観でいたら、あいまいな子育てに。
だから気を引き締めなきゃ。
未来や人生に希望をもって、ポジティブに
その気持ちが子供に影響するし、私自身をも創ってゆく。
うーん、さしずめ、船頭さん
嵐の中もかきわけなきゃ☆
(船長さん、と書くべきかもしれないけれど、私のイメージは、小船の船頭さんなの(笑)。かっこいい威厳のある船長さんというよりも、カラダを張って自分の力で船を動かしているイメージで。…川に嵐ってないんだけれど〜気持ちはね☆)


そういえば去年の終わりごろから、私の個人の生活は満たされて穏やかになるから、近々これからは他人のためにエネルギーを使う、他者に尽くす、人の喜びのために生きることがメインになるような気がするわーっておもっていたのだけれど、
おみくじでもばっちり書いてあったし☆  いまの気持ちも魂からの感触もそうだし、
やっぱりこれでOKって納得しています。



さあ
これからお部屋にあるいらないものじゃんじゃん捨てて
本当にいるものだけを残して、すっきりさせようっと!










10:11 日々のこと comments(0)
あけましておめでとうございます♪

 新しい年がはじまりました


love-lightさんのマンスリーフラワーエッセンスを昨年下旬からとっていました。
4,5日目にくらくらっと自分の世界が開けてゆく感覚があって、面白かった
ああ、うれしいこともいやなことも、みんなみんな、優劣なんかなくて、善い悪いもなくて、同じなんだなって。
ぜんぶ経験。大事な経験。
すべてがわたしのデータ、肥やし。力になるもの。
貴重な、わたしにしか味わえない感情。

人生を、味わいつくして生きたいなって。

過去や、ネガティブな出来事も、おそれることはないんだなって。
もちろん、楽しいこといっぱいなほうが嬉しいけれど♪
自分が想像していたより、嫌なことに蓋をしたり、見て見ぬふりをする傾向があった事に気づいたし。
気づいたと同時にもうそんなことする必要ないっていうことも理解したし。
(ああ、それって罪悪感の開放かもしれない…と、これを書きながら気づいたわ☆)

なんだか人生歩むうえで、過去も未来ももちろん現在も、いろいろな出来事&感情を受け入れる覚悟ができてきたかも♪
土台ができてきた感じ。

だからなのか、最近誰かと人生語りたーいって、内側からふつふつ来ています
深い話がしたいわ☆

いろんな人の人生観が知りたいな♪
聞いていてやる気の出るものだとなおいいな♪


そんなわたしのココロの状況をうつしだすかのように、今年ひいたおみくじは
「かごから出た鳥が自由になるように、苦しみは去り、楽しみごとが増える」
というようなことが書いてありました。わーい♪

今年はお引越し予定が控えているから、環境がらりと変わります♪
長年の根無し草(?)的な気持ちから(あくまでも住まいに関してのね)、物理的な自分の居場所が得られるという開放感はまさにかごから出た鳥の心境です☆
本腰入れていろいろ出来るぞーって準備期間になるかも。

それに、周囲はいろいろ激変しても、表面的には波があっても、自分の核は変わらない…
のびのび自由でいられる♪
というような予感がします♪うふ。

たとえ泣いていても、それは自由を、人生を味わい尽くしている最中なのです。
…ってことを、自分でわかっているって、「自由」ってことだと思うの。
意味わかるかしら。

悲しくて泣けることも、よろこびなのです。
いろんな感情を波立たせることそのものが、よろこびなのです。
バイブレーション=ヨロコビ。

こう…ハート(感情)のリズムにのって、それを感じ取って同調したり(つまり自分の感情を味わうこと)、表現してゆくっていうことが、美しいんだなって思うのです。

そういうことに気づけて嬉しいです。
そして、それについて書いていることが嬉しいです。


 

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